アデルフィ社

独立系ボトラーとして有名なアデルフィ社/Adelphiですが、その歴史は1826年にグラスゴーで創業したアデルフィ蒸留所まで遡ります。

主な保有蒸留所・銘柄

アデルフィ蒸留所(ロッホカトリン・アデルフィ)

アデルフィ蒸留所は1826年にチャールズとデビッドのグレイ兄弟/Charles and David Greyにより、グラスゴーを流れるクライド川に架かるビクトリア橋のすぐ南の果樹園の地に創業しました。グラスゴーで最も成功した蒸留所とも言われていて、1850年代には巨大な貯蔵庫も建設されました。
当初の水源は不明ですが、1859年にグラスゴー市がカトリン湖から市内への大規模な水道事業を手がけると蒸留所も水源をこちらに変更し、1870年に蒸留所の名称をロッホカトリン・アデルフィ蒸留所/Loch Katrine Adelphiに変更しました。

1880年、蒸留所はMessrs A. Walker社に買収されます。
オーナーのArchibald Walkerは蒸留所に大規模投資が行ない、グレーンスピリッツ生産用としてコフィースチルも設置します。その他にも製麦設備や4基ポットスチルも備え、1886年には年間最大で235万Lの生産量を誇りました。

しかし不況の流れには逆らえずその勢いは衰退、1902年にDCL社によって買収されました。
更に不運なことに1906年には蒸留タンクが横倒しになって死者が出る事故が発生。様々な不運が重なったことで1907年にモルトの蒸留が終了、グレーン蒸留も1932年には終了となりました。

以降も貯蔵庫は活用されていましたが1970年代に施設は取り壊され、現在跡地にはイスラム寺院が建てられています。

独立系ボトラーとして

1993年、Archibald Walkerの曾孫に当たるジェイミー・ウォーカー/James Walkerが独立系ボトラーとして活動を再開させました。彼は「大量生産に走らない徹底的な高品質の維持」をポリシーとしていた人物。

2004年に経営権はKeith FalconerとDonald Houstonへ移りましたが、ジェイミーのポリシーであった「大量生産に走らない徹底的な高品質の維持」は受け継がれています。

ウイスキーテイスティングチーム

「ウイスキーテイスティングチーム」は、ボトリング時の樽を選別するチームです。
その中核メンバーにウイスキーライターとして著名なチャールズ・マクリーン/Charles MacLeanを中心とした数人のメンバーで構成されていて、サンプルとして取り寄せた約20の樽から1樽のみ選びだしているそうです。
もちろんアデルフィ社のボトラーズウイスキーは、加水や着色等を行わなずにボトリングを行っています。

ちなみに現在のオーナーはアレックス・ブルースという人物。彼の母はアンドリュー・アッシャーの子孫だそうです。

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